東京大学東洋文化研究所教授 安冨 歩(やすとみ あゆむ)さんの講演を聞きました。

著書「ありのままの私」の表紙の写真。

ひげを生やしている数年前までの姿と、現在の姿は別人です。

 

女性装をしたきっかけ

安冨さんが女ものの服を着たきっかけは、ダイエットに成功したから。

もともとウエストが細くて太ももが太い体形のため、男もののズボンが合わない。

連れ合いにすすめられて、女もののズボンを履いてみると、ぴったりだった。

女もののズボンにTシャツやポロシャツを合わせて着ると、全体のバランスがしっくりきた。

さらに、女ものの生地は敏感肌の安冨さんには心地よく、「不安がおさまり、安心感を感じる」という精神的変化があった。

 

女装と女性装の違い

女装は、男性が女っぽくなりたいと思って着るもので、「自分ではないもの」を目指している。

女性装は、自分の心身に合った服が女ものであったというだけであって、「自分自身」に近づき、心が安定して自然でいられる。

 

男女の区分けは本当に必要か?

戸籍に男女の区分けが必要だったのは、男子のみ戦場へ行く徴兵制があったから。

現在でも、簡単なアンケートやスーパーのポイントカードの書類にまで男女欄があるが、本当に必要なのか?

例えば、運転免許書は男女欄はないが、不都合はない。(どんな服装や化粧で写真を撮ってもよい。)

 

立場主義とは

区分けが先にあって、人はそれに適応するようになっていく。

区分けからはみ出すと批判され、「〇〇らしく」生きることが求められる。

立場から離れて「無縁者」となると、庇護されなくなるが、同時に自由も得られる。

無縁者であるがゆえに、敵対心を抱かれない。

 

「白い目」を向ける人

女性装を見た多数の人は、無関心を装う。

少数の人は、おもしろがる。

少数の人は、「白い目」を向ける。

 

心が凍り付いている人の「白い目」は本当に白い。

男女区別主義者は、トランスジェンダー(社会的に性別を超えている人)は受け入れがたいが、「性同一性障害」はまだ受け入れ可能であるらしい。

(身体的区分けと社会的区分けの不一致に悩んでいる人を障害と認識して、両者を一致させれば、男女の区分けの秩序が維持されるから)

 

まとめ

女ものの服を着るのは、女性になりたいからとか、そんな単純な話ではありませんでした。

手術による身体の変容を望む人・望まない人、恋愛対象が男の人・女の人、女ものの服を着る人・着ない人・・・

いろんな人がいて、分けることにあまり意味がなくなってきていると思います。

 

社会においては立場は大事だけれど、色眼鏡で見ることなく、いろんなことをありのままに受け入れていきたいと思います。

 

ありのままの私

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安冨 歩
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